今、南インドのコヴァーラムビーチにい...今、南インドのコヴァーラムビーチにいます。この後、南だけを2ヶ月弱くらいでゆっくり回りたいと思っているのですが、せっかくだからスリランカに行ってみようかと思い始めています。ですが、スリランカのことがなにも分かりません。知りません。首都も知らなかったくらいです。今急いで調べているのですが、ここからどうやっていけるのかもよく調べられません。(パソコンが遅い・・・あ~もうネットカフェ閉まりそう・・・)どこから飛行機乗るのがお勧めですか?スリランカのお勧めも教えてください!あと南インドのお勧めも。お願いします。コバーラムを出たら、近くのヨガアシュラムに2週間ほど滞在しようと思っています。 ベストアンサー 時間、日にちがあるならスリランカへ行くといいでしょう。仏教国です。*トリランドラム空港からは安い航空券がなく、スリランカン航空で4月の片道約1万3452円からです。南インドのマドラス、「チェンナイ」からコロンボは飛行機便があります。安いです。片道5千円台です。入力したのは4月です。*piceJet00:30MAA?02:05CMB1h35DirettoDettaglidelvolo\5、544*SpiceJetPRENOTAintemporealeAir-IndiaExpress07:00MAA?08:35CMB1h35DirettoDettaglidelvolo\5、631*Air-IndiaExpressPRENOTAintemporeale*JetAirways01:30MAA?02:50CMB1h20DirettoDettaglidelvoloOppコロンボは大都会ですが、海に向かって開けた街で浜があります。浜に建つ植民地時代のホテル「ゴールフェイスホテル」がいいです。都会の郊外はまだ漁民がいてのんびりしたところもあります。各世界遺産の街の説明は貼付けです。*Kandyここでは植民地時代のホテルに泊まるのがいいです。宗教都市キャンディは、スリランカ中部丘陵地帯にあるシンハラ王朝最後の都(15~19世紀初)。王位継承権の象徴でもあった仏陀の糸切り歯を祀る仏歯寺(3階建)が中心。仏歯寺は人工湖であるキャンディ湖のほとりに建てられ人々の信仰の場として年中賑わう。特に毎年7月か8月の満月の日を最終日とする10日間にわたって開催されるペラヘラ祭のパレードは、この寺院から出発する。金の容器に納めた仏歯を約100頭のきらびやかに着飾った象に乗せて3000人にも及ぶ踊り手や太鼓手と共に町中を練り歩く夏の一大ページェント。*Dambullaスリランカの初期仏教時代である紀元前1世紀に築かれた石窟寺院。岩山の頂上の洞窟に壁画が描かれており、多くの仏像が安置されている。第2窟には、50数体の仏像やシンハラ族とタミル族との約1000年にも及ぶ抗争を描いた極彩色のフレスコ画がある。また、第1窟の涅槃仏陀像(長さ約14m)も有名。*ポロンナルワ1017年、南インド・タミル系のチョーラ王朝がランカ島の大勢を支配したことを受け、シンハラ王朝は首都をアヌラーダプラからポロンナルワに遷都した。シンハラ王のウィジャヤバーフ1世(VijayabahuI)はその後チョーラ王朝を1070年に追放した。その後、ウィジャヤバーフ1世の孫にあたるパラークラマ・バーフ1世(ParakramaBahuI)が首都構築に大きく貢献した。彼の治世の間、ポロンナルワは王の庇護の元、交易と農業が栄え黄金時代を迎える。特に、灌漑設備の充実に努め、国の東部地域で乾季でも農耕可能にした。彼は農耕と防衛の両方の目的で、首都の周囲にパラークラマ・サムドゥラ(パラークラマ海)と呼ばれる巨大な灌漑用貯水池を建設した。この時代、首都は自給自足の体制を保った。しかし、その後王位についたニッサンカ・マーラ1世(NissankaMallaI)を除くポロンナルワの王族はすべて保身に注力し、南インドの王侯貴族の支持を求めたため、スリランカ独自の王朝の力は衰え、南インドのカリンガ王朝マーガ王による1214年の侵攻を招き、1284年にはアーリャ・チャカラヴァルティー(AryaChakrawarthi)の侵攻と続き、結果的には南インドのパーンディヤ朝に権力を委譲することになった。1232年に首都はダンバデニヤ(Dambadeniya)に遷都された。1255年シンハラ王朝はポロンナルワを放棄した。今日、古都ポロンナルワはスリランカ随一の考古学上の史跡として維持され、シンハラ王の治世をしのぶものとなっている。古都の美しさは、デュラン・デュランの1982年のミュージックビデオ「SaveaPrayer」で撮影されている。北中部州第二の都市で、スリランカで清潔で美しい町として知られる。自然に囲まれた環境や古都の建築、パラークラマ・サムドゥラ(パラークラマ海)等が観光客を魅了している。歴史的にはポロンナルワは一年のほとんどが熱帯性の気候で、12月と1月のみ肌寒い日がある程度だったが、近年の環境変化で冬季の雨や低温の日が増加している。*Galle14世紀にアラビア商人の貿易基地として栄えた港町。16世紀にはポルトガル人の支配を受け、砦が築かれた。旧市街は周囲を砦が囲み、古い教会や建物が植民地時代の面影を漂わせる。2004年12月に起きたインド洋大津波の際、植民地時代の高い砦が津波から町を守り、一人も犠牲者が出なかったため、「奇跡の世界遺産」と呼ばれている |
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