変幻自在の出会い
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飼っていた亀が家出した。窓を閉めきった部屋からどうやって逃げたのだろう。
ワープか。それ以外考えられない。僕は三日三晩、町中を走り回ったけれど
やがて捜すのをやめた。時々出会いの頃の小さな姿を思い出して、泣いた。
手のひらに乗るぐらいの大きさだからミニ。安易な僕のあたまの中身を覗い
たミニは嘲笑った。
「でもそんなところがすきよ」彼女はそうやって、僕をなぐさめる術も持ち合わ
せていた。

季節が巡って僕は大人になった。ある夜、煙草を買いに行こうとアパートの階
段を下りていると、カタンコロンと堅いものが転がり落ちてきた。足元を見ると
そこには一匹の亀。それはミニだった。
彼女は時を超えて僕の元にやってきた。僕が見ていぬ間に又いつ家出すると
も限らないから、ミニを手に持ったまま僕は煙草を買いに出掛けた。

深夜営業の煙草屋の窓から覗く顔が、いつもと違う。普段は六十ぐらいのおば
さんが眉間に皺をよせて客を待っているのだが、その日は若い娘が座っていた。
娘は前髪をあげていて、つるんとした綺麗な顔と長い首を見せている。
「可愛らしい亀をお持ちなのですね」たどたどしい話し方で、僕に微笑んだ。

その娘と同じ蒲団で眠るようになってから、ミニの姿が再び見えなくなった。
不思議と水槽のにおいが漂ってきたり、娘の口がパクパクと開閉するのを見て
しまったけれど、嘘のように穏やかな日々を僕らは過ごしていた。そしてまた季
節が巡る。
娘と出会った晩と同じ、蒸し暑い夜。とうとう僕は「本当は亀なの?」と愚問を発
してしまった。あなたって、ばかね。娘はこちらも見ずに呟いた。馬鹿だと言われ
た僕は、なんだか気が済んだように落ち着いていた。
でも、そんなところがすきよ。振り返った娘はすっかり昔の顔をしていた。
僕のあたまの中に彼女はずっと居た。懐かしい身体に顔を埋めると、ほんの少
し藻草のにおいがした。

01/26/10 [ カテゴリ:標準 ] トラックバック(0) コメント(0)